冨樫 和孝
北杜市オオムラサキセンター 館長
▼はじめに

わたしたちが図鑑やメディアなどで見聞きする日本語による生き物の名称は「和名」といって,昔から人々が習慣的に使用してきた呼び名に由来するものが多い。和名には見た目の特徴や行動に基づく「印象」が色濃く反映されることがあり,必ずしも,その生き物の実際の生態をあらわしているとは限らない。
例えば,ハチのなかまには哺乳類のクマの名を冠しているという理由で,必要以上に恐れられている種類がいる。その虫とは,今回とり上げるクマバチ Xylocopa appendiculata circumvolans (写真1)のことである。本稿では,彼らがどのような昆虫なのかをさまざまな角度からご紹介したい。
▼クマバチとは
クマバチは,北海道から九州にかけて分布するハチ目の一種である(丸山ほか,2022)。体長18~25 mmと大柄で,体の大部分が黒い毛に覆われており,その名の通り,まるで哺乳類の「熊」を思わせる風貌をしている。胸部に黄色い毛を密に生やしており,「キムネクマバチ」とも呼ばれる(渡辺・長瀬,2022)。
本種はニホンミツバチ Apis cerana japonica やオオマルハナバチ Bombus hypocrita などと同じく,いわゆる「ハナバチ類」とよばれるハチの一種である(渡辺・長瀬,2022)。この仲間はミツバチ上科に属するハチの中からアナバチ類を除いた仲間のことを指し,様々な花を訪れて成虫や幼虫の餌である花粉や蜜を集めると同時に,植物の花粉を運ぶことで受粉を媒介するため,植物の多様性維持や農業生産にも重要な役割を担っている(渡辺・長瀬,2022)。
▼クマバチのくらし

クマバチの成虫は春の終わり頃になると活動を開始し,フジ Wisteria floribunda やニセアカシア Robinia pseudoacacia ,エゴノキ Styrax japonicus など様々な花を訪れ,餌となる花粉や蜜を集める。オスは,こうした花のそばで縄張りを張り,交尾のためにメスを待ち構えている姿がよく観察される。
初夏にかけて,メスは繁殖のために営巣する。ハチの巣といえば,木の枝からぶら下がる六角形の部屋がびっしりと並んだ釣鐘状の巣を思い浮かべる方が多いかもしれないが,クマバチのそれは木材や枯れ枝のなかにつくられる。母蜂は強靭な大アゴを使い,材に直径15 mmほどの穴をあけ,最長40 cmにも及ぶ長い坑道を掘る(東京文化財研究所,2001)。内部には木屑の壁で仕切られた6~9個の育児室があり,母蜂はそれぞれの部屋に蜜と花粉でつくった「花粉団子」を置き,その上に卵を産み付ける(東京文化財研究所,2001)。孵化した幼虫は,この花粉団子をたべて成長し,おおよそ1か月半かけて蛹を経て成虫になる。この若い成虫は,しばらくは母蜂から花粉や蜜などをもらって生活するが,夏の終わり頃には巣を出て,自ら餌を探すようになる(守本,1994)。母蜂は初秋に一生を終えるが,若い成虫は秋以降,多くの時間を巣内で過ごすようになり,そのまま越冬する(写真2)(守本,1994;東京文化財研究所,2001)。なお,この巣は何代にもわたって繰り返し利用されるという(東京文化財研究所,2001)。
▼クマバチとフジの関係
クマバチは,したたかさを持ち合わせている。蜜を集める際,その体の大きさゆえ,小さな花に正面から潜り込めないことも少なくない。そうとみるや,花の根本に外側から穴をあけて,長い舌状の口吻で蜜を吸い取ってしまうことがある。このような行動は「盗蜜」と呼ばれ(市川ほか,2011),植物にとっては花粉を運ばれるわけでもなく,ただ蜜を盗まれるだけで何の見返りもない。
ところが,フジを相手にした場合は,すこし様相が異なる。フジの花は開花しても蜜腺が花の奥深くに隠れており,訪花した大型のハナバチが花びらを押し下げることによってはじめて蜜に到達できる構造をしている(福原,2026)。クマバチが花にとまると,その重さで花びらが押し下げられ,内部に隠れていた雄しべが腹部や脚に触れることで花粉が付着する。こうして花粉をつけたクマバチが他の花を訪れることで,フジの受粉に貢献していると考えられる(岸,2015)。このように,フジは受粉を助けてもらう一方で,クマバチは報酬として蜜を得る関係にあり,このような異なる生物間の「互いに利益がある関係性」のことは,しばしば「相利共生」と呼ばれる。
▼人との関わり

フジは,古くから人にとっても特別な植物として扱われてきた。その名は『古事記』や『万葉集』にも登場し,平安時代には栄華を極めた藤原一門を象徴する高貴な花として高く格付けされた(筧,2021)。また,貴族の邸宅や神社には盛んに植栽され,屋内から庭の藤の花を愛でながら宴を開く「藤花宴」の習わしも生まれるなど,文化的な結びつきも強い(有岡,2021)。現在でも,各地の神社仏閣の境内にその姿をみることができ,国領神社の「千年乃藤」(東京都)や亀戸天神社の「亀戸天神の藤」(東京都),春日大社の「砂ずりの藤」(奈良県)のように,伝承と共に神木として受け継がれているものも数多い。
藤棚のある神社は,桜と並ぶ花見の名所として,春になると多くの観光客が訪れる。しかし,そうした場所には高確率でクマバチも「出没」し,花見客は思いがけず,その存在と相まみえることになる。クマバチはその名前による先入観はもちろんのこと,「大柄のハチである」という事実と,とにかく「羽音が大きい」ことから,恐ろしい虫であると誤解されやすい。しかし,実際のクマバチはとても温厚な性格の持ち主で,蜜や花粉を集めている最中に素手でつかもうとしたり,強引に振り払ったりしない限り,刺されることは原則ない。とりわけオスはわざわざ人間に接近してホバリング飛行するという「誤解されそうな」行動をとるが(写真3),これは自らの縄張りに侵入するものを確認しているにすぎない。ハチの毒針は産卵管に由来する器官であるから,接近してくるオスに毒針はなく,そもそも人を刺す能力を持たないのである。
このように,クマバチは人身被害という面では基本的に安全な虫であるから,懸命に餌を集める姿を傍観あるいはエールを送りつつ,ともに花見を楽しむくらいの気持ちで接するのがよい距離感であろう。もっとも,ハチである以上は,かりに刺されればアナフィラキシーショックなどのアレルギー症状が出ることもあるので,不用意に巣穴に近づいたり,いたずらに刺激したりしないといった基本的なマナーは忘れないようにしたいところである。
▼文化財害虫として

人間に対して直接的に危害を加える危険性が小さいクマバチであるが,彼らの営巣場所が木造建築物であった場合には,害虫として見做されることもある。本種は神社仏閣に孔をあけて営巣する事例が報告されていることから,主要な文化財害虫として知られている(東京文化財研究所,2001)。クマバチが孔を穿つ場所は,雨が直接降りかかることがなく,かつ,明るい場所にある彩色が施されていない木材であり,こうした条件を満たす神社の隅木飾や垂木飾が被害を受けやすい(成瀬ほか,2004)。奈良県の正倉院周辺では,持仏堂(計328か所),聖護堂(283か所以上),手向山神社宝庫(359か所以上)などにおいて,垂木飾などを中心に数多くの巣孔があったことが報告されている(成瀬ほか,2004)。また,筆者は山梨県笛吹市にある神社において,境内のフジ棚に大量のクマバチが飛来し,一部の個体が本殿の垂木飾付近に巣孔を穿つ様子を観察している(写真4)。加害された材は内部が空洞化し,強度が低下するという(東京文化財研究所,2001)。
こうして,不幸にも文化財を加害してしまった場合,クマバチは駆除の対象となる。防除については,薬剤によって駆除したり,忌避したりする方法もあるが(守本,1994;成瀬ほか,2004),可能であれば,クマバチが寄り付かないようにすることが重要である。特にクマバチが好むフジは観賞用として広く栽培されるが,付近に木造建築物がある場所ではクマバチを誘引して被害を及ぼす可能性があることに留意し,植栽しない,あるいは除去するということも予防策として挙げられる。加えて,フジは管理が行き届かなくなった里山において,他の樹木に蔓を絡ませて締め上げたり,樹冠を覆うなどして衰弱させることで,結果的にそれらを枯死させながら繁茂する一面もある(服部ほか,1995;服部ほか,2010)。全国的に山間部での人口減少が進行する中で山林の管理放棄も進んでおり,フジ,ひいてはクマバチの分布にも今後は変化が生じてくるかもしれない。
なお,近年は中国原産の外来種であるタイワンタケクマバチ Xylocopa tranquebarorum が,埼玉県や神奈川県,山梨県など18府県で確認されている(国立環境研究所,2026)。こちらの種は「全身がほとんど黒色に見えるクマバチ」であることから,虫をよく観察している方であれば,すぐに気づくことができるかもしれない。現在のところ,文化財害虫として見なされてはいないものの,林縁部や河川敷のマダケのほか,農耕地や庭の支柱などの枯れた竹にも営巣する習性があり,輸入竹ぼうきから侵入したと推察されていることから(国立環境研究所,2026),竹を使用した建築物や民具がある場所では,クマバチ同様に警戒すべき対象であることは間違いない。本種が庭木の周りを飛翔していないか,今後はそうしたことに気を付けていく必要があるといえる。
▼さいごに
クマバチは名前や見た目の印象とは異なり,性格は温厚な虫である一方,木造建築物に営巣することで駆除が必要な文化財害虫として見做されることもある。とはいえ,先に述べた通り,生態系における送粉者として,花が咲き乱れる見事な景観を生み出してくれている重要な存在であることも忘れてはならない。哺乳類のクマも然り,クマバチについても,その生態に目を向けながら,どういった場合に被害がでるのかを「正しく」認識することが大切であろう。誤解や軋轢は,理解不足によって生じることが多いだろうから。
【引用文献】
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