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近現代紙媒体記録資料の保存修復

島田要
株式会社資料保存器材


紙媒体記録資料の劣化要因として、環境に由来する外部要因によるものと、基材の紙やインクなど書写材料、つまり内部要因によるものとが挙げられます。ここでは近現代紙資料の特徴的劣化症状のうち、主に「酸性紙」と、明治以降に書かれた手稿などでしばしば見られる「没食子インクのインク焼け」について、劣化のメカニズムと、弊社における保存修復処置事例をご紹介します。また、修復を決定するまでに至る実際的な流れのご紹介、代替化における修復の役割、最後に資料保存分野における修復の考え方を紹介します。



▼近現代紙資料の劣化

<酸性紙>
酸性紙化の要因の一つに、製造過程でサイズ剤(滲み止め)の定着剤として硫酸アルミニウム等が用いられたことが挙げられます。19世紀後半から1980年代にかけてこうした紙が大量に生産されました。硫酸アルミニウムと紙の中の水分が反応することで強い硫酸が生成され、これが触媒となって紙のセルロースを加水分解し破断させます。
さらに、酸の脱水作用により、潤滑油の役割を担っている紙の中の水分が奪われ、繊維の角質化が起こり、紙が脆くなります。こういった劣化により、製造からわずか50年足らずでボロボロになってしまう紙もあります。


<没食子インクとインク焼け>
没食子インク(Iron gall ink)は、一般的にブルーブラックと呼ばれているもので、没食子(もっしょくし)や五倍子(ごばいし)などの植物の瘤に含まれるタンニンと、硫酸鉄水溶液などから作られるインクです。日本では、明治以降ペン書きの普及とともに、墨に替わる書写材料として多用されてきました。しかし、インクの成分に含まれる鉄イオンが原因で酸化反応を起こすため劣化が生じます。これが「インク焼け」と呼ばれる現象で、インクの組成や保存環境によっては劣化が著しく進み、書写した部分が濃い茶色に変色して徐々に紙そのものを侵食し、ついには書写部分が焦げたように抜け落ちてしまうこともあります。



▼保存修復処置
酸性紙の劣化に対する処置法としては「脱酸性化」が挙げられます。これは、カルシウムやマグネシウムを主成分とするアルカリ化合物によって酸を中和し無害化する技術で、水性または非水性の脱酸性化処置法が実用化されています。処置後、アルカリ化合物は大気中の二酸化炭素と反応してアルカリ炭酸塩となって紙の中に残留し、大気から侵入する酸性ガスや、内部より発生する酸化物から資料を保護します。
インク焼けへの処置法としては「抗酸化」があります。現在普及している技術はオランダの文化財研究所が開発した水性処置で、フィチン酸カルシウムというキレート性を持った物質でインクの酸化を抑える方法です。こうした保存修復処置に加えて重要なのは、今後資料を保管していくための環境整備です。



▼保存容器への収納
資料が保管される環境(温湿度変化、光、カビ、ホコリ、小動物や害虫、人災、大気汚染など)に由来する劣化を外部要因と呼びます。資料の劣化メカニズムは、前述した内部要因と外部要因とが互いに作用し、エンドレスに進行します。高い温度や過剰な湿度、光、大気汚染物質は、酸の発生や蓄積に関与してくるため、酸性化の主原因がなにであるにしろ、現物として⾧期に保存してゆく資料にとって、整備された保管環境は必須です。温度・湿度、虫害・カビ、大気汚染も含めた保管環境の安定化と、それを元にした対策を講じることが、傷みを防止する最良策となります。
具体的な方法として、保存容器への収納があります。これは⾧期保存性を備えた容器に資料を収納し保管することで、外部からの劣化要因から資料を遠ざけるとともに、散逸を防ぐことができ、物理的な保護となります。収蔵施設の広い環境の中で、温湿度の正確なコントールが難しい場合、資料を保存箱に収納することは資料の最も身近な微小空間をより良く整備する方法として効果的です。



▼代替化のための

近年ではデジタルデータ化が普及し、コンサバター、所有者に加えて、撮影技術者も交えて話し合いの場が持たれることが多くなりました。撮影側の判断によっては、本格的な修復処置をせずとも撮影には影響がないという決定になることもあれば、やはり修復が必要となることもあります。または一部の折れやシワを進展させるなどの手当てで十分なこともあります。装丁形態によっては一度解体して、撮影の後、復元を行ったり、撮影の過程で破損等が生じる恐れがある場合は、あらかじめ解体して補強を行った上で撮影を行うとこともあります。このように、代替化のための一時的な補強、解体・復元作業も、コンサバターの判断を要する重要な仕事です。資料形態が同じであっても、手順を繰り返すという作業では決してなく、個々の資料状態を見極めながら最も効果的な方法を適用します。