息抜きこらむ

タマムシについて

冨樫 和孝
北杜市オオムラサキセンター 館長

▼タマムシとは

 タマムシの仲間は,世界に約15,000種,国内には約220種が知られている(福富ほか,2022)。英語で「Jewel Beetle(ジュエル・ビートル)」と呼ばれているように,まるで宝石のような美しい外見をもつ種が多いことから,昆虫を収集する愛好家からの人気も高いグループである。今回はそんなタマムシについてご紹介したい。


▼文化を彩るタマムシ

 タマムシのなかまは日本にも数多く生息しているが,一般的によく知られているのは,そのなかの一種であるヤマトタマムシChrysochroa fulgidissimaであろう。構造色と呼ばれる「色素に依らない,構造と光の分光による発色現象」により,全身が金緑色や金紫色に輝き,背面に2本の赤い縦条を装う大変美しい姿をしていることから「森の宝石」とも呼ばれている。本種はその美しい外見と大型であることから,老若男女問わず多くの人々を魅了してきた。また,現在は都市近郊ではやや珍しくなりつつあるが,かつては人里に近い森林(里山)に生息する身近な種であったことから,文化的な接点も数多く生まれた。
 たとえば,本種は古くから縁起のよい虫とされ,吉兆(=めでたいことが起こる前触れ)虫と呼ばれることもあり,「箪笥に入れておくと着物が増える」という有名な俗信が古くから伝わっている。これが転じて,「タマムシには防虫効果がある」とも信じられてきた。

ヤマトタマムシ

 また,日本の伝統的な色彩のなかにはヤマトタマムシに由来するものがいくつか含まれている。本種の翅のように暗い青味のある緑色は「虫襖色」といい,さらに光の当たり具合によって金緑色や金紫色にみえる色は「玉虫色」と表現される。これらの色は古くから染め物や織物の色として受け継がれ,親しまれてきた。四季折々の自然現象や動植物は,日本の色彩文化に多大な影響を与えてきたといわれているが,本種もまた,そのような色彩文化において重要な役割を果たしてきたのである。
 さらに,ヤマトタマムシの翅そのものは死後も色褪せずに色や輝きを保つので,装飾としても好まれた。奈良県の法隆寺が所蔵する国宝「玉蟲厨子」の場合,宮殿部の透彫帯金具の下に本種の翅を伏せて装飾したことが知られている(文化庁,2023)。このほか,同じく奈良県の正倉院にも「樺纒把鞘白銀玉虫荘刀子(かばまきのつかさやしろがねたまむしかざりのとうす)」という小刀をはじめ,部分的に本種の翅をあしらったり,翅片を素材として使用した宝物が保存されている(宮内庁,2017;宮内庁,2023)。
 このように,タマムシ,とりわけヤマトタマムシは文化を語るうえで不可欠な存在であるといえる。


▼文化財害虫としてのタマムシ

クロタマムシ

 日本の文化財は木材や紙,皮革などの有機素材で構成されているものが多いことから,昆虫の餌や営巣場所となって加害され損傷を受け易いことも知られている(東京文化財研究所,2001)。タマムシについては,シロアリやカミキリムシなどと比較して被害の事例が少ないことから主要な害虫としては認識されていないようであるが,次に示すとおり,生活史のなかでマツ類を利用する一部の種が文化財害虫として記録されている。
 大阪府の東光寺では,鐘楼のマツ材がタマムシ科のクロタマムシBuprestis haemorrhoidalisあるいはウバタマムシChalcophora japonicaに加害されて内部が粉状(糞とかじり屑)になり,薬剤を塗布したり,被害がひどい材は木材の交換が必要になったという事例がある(東京文化財研究所,2001)。これは,幼虫が木材を食害する際に穴をあけ,また羽化した成虫が材から脱出する際に木材を穿孔することにより被害が生じたものと考えられている(東京文化財研究所,2001)。


ウバタマムシ

 なお,ウバタマムシの場合は,マツ類の根を食べつくして土壌中を彷徨っていた幼虫が地下構造物(電話ケーブルの鉛被)を損傷した事例(槇原,2009)が,クロタマムシについてはマツ材を使用した木造家屋の梁を加害し,成虫が羽化する事例(槇原,2009)がそれぞれ報告されていることから,これら2種による被害は文化財に限らず,建材や家具にマツ材を使用している一般家庭でも生じる可能性があることに留意すべきである。とくにクロタマムシについては7~8年も材中に潜み,穿孔することがあるので(東京文化財研究所,2001;槇原,2009),製材して時間が経過した建材や家具であっても,注意をはらう必要があるだろう。


▼さいごに

 冒頭で触れたとおり,国内からは約220種のタマムシが知られているが,一般的に認知されやすいのは,ここまで紹介してきたような艶やかで大きく目立つ種か,まれに害虫として記録される種に限定されるだろう。国内に分布するタマムシの多くは,体長が1cm程度かそれより小さい種であり,普通に生活していたのでは目にする機会はほとんどない。
 例えば,河川敷などに生えるクズの葉を食べるクズノチビタマムシTrachys auricollisは,もっとも身近にみられるタマムシの一つだが(福富ほか,2022),体長が3~4mmと小型であるため,その存在を認識している方は,昆虫に興味がある人を除けば,ごく少数だろう。
 しかし,小型種も顕微鏡で拡大してみるとヤマトタマムシにも劣らない造形と色彩を備えた種が多く,Jewel Beetleの名前を体感することができる。近年は綺麗な写真が掲載された図鑑(福富ほか,2022)が発売されるなどさらに関心が高まっているグループなので,これを機会に身近に生息する様々なタマムシに目を向けていただければと思う。

 

【引用文献】

 文化庁,2023.文化遺産データベース(2023年10月30日参照)(https://bunka.nii.ac.jp/db/).
 福富宏和・山田 航・遙寺 裕・尾園 暁,2022.タマムシハンドブック.111pp.東京,文一総合出版.
 宮内庁,2017.年次報告.正倉院紀要,(39):49-124.
 宮内庁,2023.正倉院宝物検索(2023年10月30日参照)(https://shosoin.kunaicho.go.jp/search/).
 槇原 寛,2009.家屋や人口構造物より発生または被害を与える甲虫類.しろあり,(152):14-27.
 東京文化財研究所(編),2001.文化財害虫事典.231pp.東京,クバプロ.

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