息抜きこらむ

綺麗な青にご用心 ~ルリボシカミキリについて~

冨樫 和孝
北杜市オオムラサキセンター 副館長


 カミキリムシの仲間は日本だけでも800種類以上が確認されている(鈴木,2009)。カブトムシなどと比較すると知名度はそれほど高くないかもしれないが,カミキリムシの中には,成虫の外見が美しく注目を集める種,幼虫を食用にするという食文化との結びつきがある種,古くから農業・林業害虫として認識されてきた種があり,良く知られたものが含まれている。
 ここで取り上げるルリボシカミキリは,その見た目の美しさから切手のモチーフとなったことや,文学作品の題材にもなるなど「芸術面」で人間との強い結びつきがみられる。これが本種を取り巻く第一の視点である。また,昆虫図鑑には「確実」といってもよいほど高頻度で掲載されることから,カミキリムシというグループに詳しくない人であっても,この種だけは知っているという方もいるのではないだろうか。
 ルリボシカミキリは日本固有種であり, 北海道~九州まで,国内の広い範囲に分布している。成虫は6~8月に出現し,朝方はエサとなる広葉樹の樹液や花,果実などに集まり,昼ごろになると繁殖の場である古い薪材や丸太など広葉樹の古い枯死材にやってくる。メスは枯死材の樹皮の間などに産卵し,幼虫は材を食べて1~2年かけて成長する。森林生態系においては,木々の分解を通して樹木の世代交代を促す役割を担っているものの一つである。
 特筆すべき本種の特徴は,なんといってもその色彩にある。宝石のサファイアを思わせる鮮やか瑠璃色と,黒い紋を備えた姿はとても上品で,トップデザイナーが考案したかのような大胆な色使いは,見る人の視線を釘付けにして離さない。この美しい色彩は,死んで暫く経つとくすんだ色に変化し,生時の輝きを取り戻すことはないが,そうした儚さもまた,本種の魅力であろう。大型で美しいことから老若男女問わず人気が高い種であり,国蝶のオオムラサキと並び,日本を代表する昆虫に推す声も多い。学名(世界共通の名)をRosalia batesiといい,ヨーロッパにおける美しい乙女を意味する女性名(=Rosalia)は,その美麗さを表すのにふさわしいといえる。


 その美しい姿やイメージとは裏腹に,木造建築の建材や丸太,家具に加害する害虫でもある。これが,ルリボシカミキリを取り巻く第二の視点である。具体的な被害の事例としては,木造家屋のハンノキやムクノキを加害した事例(山口,1998)や,発生材となる広葉樹を加工したベンチ・博物館展示物の丸太を加害した事例(桐山・岩田,2013)などが知られている。
 木造建築に使用される樹種はスギやマツ,ヒノキなど針葉樹が多く,こうした樹種を加害するカミキリムシ科の種は古くから害虫として認識されてきた。しかし,建材や家具に広葉樹を使った場合でも,本種のように広葉樹を食べる昆虫の被害が発生する可能性があるので注意が必要である。
 ルリボシカミキリは,もともと山地のブナ帯などに主に生息していたようであるが,関東~四国では,最近になって丘陵地や平地帯などの低標高地へと分布を広げているという。このような分布の拡大は,良くも悪くも人間との関わりの形や遭遇頻度を変化させることにつながる。人との接点が増えることで,虫害の発生増加など,好ましくない結果をもたらすことになるかもしれない。
 本種は「今のところ」文化財害虫として認識されていないが,樹木の心材部を食べる能力をもつこと,乾燥に適応していることから「乾材害虫」であり(岩田,2015),幼虫の入った木材を加工して作られた木質文化財から発生する可能性がある。ルリボシカミキリの幼虫期間は1~2年とされるが,乾燥した木材に入り込んだ甲虫の幼虫は羽化までに時間を要する例が知られている。クロトラカミキリの例では,古い木製品から100年以上前に産卵されたと推定される幼虫がゆっくりと成長を続け羽化してきたという報告があるので(槇原ほか,2021),ルリボシカミキリについても注意が必要であろう。


 人は,往々にして本質を見ることなく,先入観で物事を判断してしまいがちである。人間にとって不快な見た目をしている虫が,実は人間生活に恩恵をもたらす「益虫」であることもあれば,本種のように一見すると「害虫」とは認識されないような虫であっても,人間に害を生じる場合もある。先入観や既成概念だけにとらわれず,昆虫がもつ様々な側面を多角的に知ることが,彼らとの適切な関係を築く第一歩になるだろう。特に「害虫」というレッテルを貼られた種に対して,今一度,色眼鏡なしに対峙してみることも大切である。そもそも「害虫」という色眼鏡は,人間が作り出したものなのだから。


【引用文献】

 岩田隆太郎,2015.木質昆虫学序説.496 pp. 九州大学出版会,福岡.
 桐山 哲・岩田隆太郎,2013.日本大学湘南キャンパス(神奈川県藤沢市)の建物内におけるルリボシカミキリの2件の発生記録.都市有害生物管理.3(1):19- 22.
 槇原 寛・加賀谷悦子・岡田充弘・藤間 剛,2021.150才のクロトラカミキリ―ピーターパンビートル―.さやばねニューシリーズ,(44):12- 20.
 鈴木知之,2009.日本のカミキリムシハンドブック.88 pp.文一総合出版,東京.
 山口健三,1998.木造家屋を加害したルリボシカミキリ.家屋害虫,(20):79- 81.