岩田 泰幸
公益財団法人文化財虫菌害研究所 研究員
▼成虫の活動する時期
多くの昆虫では成虫を観察できる(しやすい)季節は限定されており,例えば,カブトムシTrypoxylus dichotomusでは6 ~ 9月に,クロアゲハPapilio protenorでは5 ~ 10月に主に成虫が見られる1)。当然,これ以外の季節にも幼虫等を見つけることはできるが,図鑑には成虫の発生時期が掲載されていることが多い。
一年に一回しか成虫が発生しないものは「年一化」「年一世代」と呼ばれ,そのライフサイクルは昆虫の種ごとに決まっているが,生息する地域の気候や餌の量にも左右される。例えば,年中暖かい環境で飼育していると夏に発生するはずの成虫が真冬に現れることもある。成長のリズムが日長とも関係している場合には,温度を高くしても日が長くなる季節まで成虫が出てこないという種もいる。
害虫化し,屋内環境で生活環を完了できる昆虫の多くは,季節に関係なく,温かければ常に成虫を目にすることができるという種も少なくない。チャバネゴキブリBlattella germanicaのように人工的な熱源の周りに集まり繁殖する種2)では,季節に関係なく常に卵から成虫までを同所で同時に見ることができる。
▼ヒメマルカツオブシムシの場合
一方,屋内に生息する害虫でも,出現する季節や時期が比較的限られる種も知られる。害虫としてよく知られたヒメマルカツオブシムシAnthrenus verbasci(以下,「ヒメマル」という。)は,洋服ダンスや食品庫,標本庫内など自然界の温度や日長の変化を的確に感じることができない環境下でも一定期間が経過するとある程度そろって蛹になる性質をもっている3)。これによりヒメマルは,室内環境にいても決まった時期に蛹になり成虫として羽化するため3),成虫の確認される時期は,原則,屋内でも屋外でも4 ~ 5月頃に集中する。しかし,まれに年二世代,二年で一世代となる場合があるとの記述も文献4)に見られるため,餌資源の量に伴って成長に差が生じることもあるのかもしれない。
筆者は実験などで厳密に確かめたことはないが,実際に屋内のインキュベーター(飼育条件:東京都新宿区,温度27℃,湿度60 ~ 70% RH程度,暗所(光源なし))で飼育してみると,初夏に限って成虫が見られ,6月以降,成虫はほとんど死滅するという特徴が見られる。この傾向は温度変化がある室内(飼育条件:埼玉県所沢市,温度おおむね5 ~ 35℃,湿度20 ~ 85% RH,暗所(光源なし))で飼育しても同じで大差は見られない。
▼ヒメカツオブシムシの場合
では,表題に掲げたヒメカツオブシムシAttagenus unicolor japonicus(以下,「ヒメ」という。)ではどうだろうか?ヒメも原則年一化であり,屋外で成虫はおおむね6月頃に現れるとされ5),ヒメマルに似た季節消長を示すことが予想される。しかし,屋外や温度変化が季節に連動した環境下における生活史は前記のとおりだが,屋内の温度が一定に保たれた環境ではやや様相が異なる。
ヒメマルと同じ条件(飼育条件:東京都新宿区,温度27℃, 湿度60~70%RH程度, 暗所( 光源なし))でインキュベーター内にて飼育してみると,ヒメは季節に関わらずほとんど年中成虫が確認される。特に数が多くなるのは初夏と秋期であるが,真冬(1 ~ 2月)にも温度が27℃で維持されていれば複数の成虫が飼育ケース内で羽化し27活動している。ただし,経験的には冬期は鞘翅がひしゃげた羽化不全の個体を見ることが多く,都心では冬に湿度がかなり低くなるので,インキュベーター内でも湿度が下がりやすく,こうしたことが羽化の失敗率に影響している可能性もある。
▼秋に現れたヒメカツオブシムシ成虫は何を意味するか?
博物館でヒメカツオブシムシが秋に捕まったとすれば,そこからどういった考察ができるだろうか?勘が良い方はお気づきかもしれないが,それは「内部発生」の懸念を示す根拠となりうる。前記のとおり,通常,屋外でヒメは年1回,6月前後に成虫が見られるのみである。したがって,10月にヒメの成虫が,しかも複数捕獲されたとすれば,それは「安定した温度環境」かつ「餌が充分にある環境」で羽化した個体である可能性を示す。しかも,複数個体が見られたとすれば,内部発生の可能性は極めて高くなる。
ヒメの成虫が発生する時期は,原則,6月前後とされているため,この時期には特に注意が払われるが,それ以外の時期にわずかな捕獲があったとしても見過ごされてしまうことが予想される。しかし,捕獲状況にわずかな違和感をもつことができれば,被害の拡大を抑えることにつながる。毎月調査のようにルーティンとして実施されている調査においては,こうした違和感に気づきにくくなることが往々にして起こりやすい。時には他の現場を見ている方とともに調査を行ったり,知見を共有したりするなど,データを多角的に検証することが求められる。
また,教科書や図鑑に書かれていることは「簡潔にまとめられた一般的見識」であるため,その記述内容に違和感を覚えたら,自身で文献を検索し見識を深めることが大切であり,そういった過程を経てはじめて様々な現場に対応可能な応用力が培われることになる。
害虫も生き物である以上は個体差があり,必ずしも文献にある記載と完全に合致する生態を示すばかりではない。図鑑や文献にあることだけが事実であるという固定観念を持たず,記述と目の前にある事柄を比較することで状況を客観的に評価することが生き物と対峙する上で重要なことであろう。
【引用文献】
1) 丸山宗利・長島聖大・中峰 空(監修)(2022)学研の図鑑LIVE新版昆虫.315 pp.学研プラス,東京.
2) 上村 清(監修)(2015)工場における虫侵入・発生防止対策.358 pp.技術情報協会,東京.
3) 沼田英治(2013)ヒメマルカツオブシムシの概年リズムを探る.比較内分泌学,39(149):122- 125.
4) 日本家屋害虫学会(編)(1995)家屋害虫事典.468 pp.井上書院,東京.
5) 東京文化財研究所(編)(2004)文化財害虫事典2004年改訂版.231 pp.クバプロ,東京.