眞野 節雄
東京都立中央図書館
私が扱う図書館資料は博物館資料などと違って,その資料的価値が千差万別です。したがって,その保存手法も違ってきます。私たちは図書館における資料保存は「利用のための資料保存」として5つの方策を考えています。「予防」「点検」「修理」の他,図書館資料には,資料を買い替えたり代替物を作製したりする「代替」,蔵書としての役割を終えた資料を「廃棄」することで他の大切な資料を保存する方策もあります。資料の「利用頻度」「状態」「資料的価値」といった3つの観点から,適切な方策を選び,組み合わせることが大切です。
資料を劣化・損傷させる要因はさまざまです。環境管理や取り扱い,災害などの外的要因もあれば,紙質や構造的な問題などの外的要因もあります。いずれにせよ最も大切なのは「予防」です。劣化・損傷が進んでしまうと出来ることは限られてきますし,コストもかかります。
しかし,最大限予防に力を入れたにせよ,現実には「モノ」としての資料は長い年月の間には劣化・損傷してしまうことになることがあるでしょう。その場合に修理,代替,廃棄という選択肢があるわけです。そして,修理は他の方策では間に合わないときに,やむをえず選択される方策ですが,修理にも「資料保存」同様,「図書館資料の修理とは何か」「利用のための修理」といった基本的な概念が必要となります。
資料が損傷しているとどうしても修理したくなりますし,修理しなくてはならないと思ってしまいがちですが,壊れていたら治すのではなく,出来るだけ修理はしないというのが大原則です。なぜかというと,一般的に,修理することはその資料(紙)にとっては良いことは何もないからです。放置すれば劣化や損傷が進行するという場合を除いて。
修理するということは,水分を与えたり,糊を塗ったり,何かを貼ったりすることです。それは資料に何らかのストレスを与えることになります。時には大きなダメージをも与えかねません。また,修理は資料丸ごとをどうにかするわけでなく,損傷部分にのみ手を入れることですから,他の部分との強さのバランスが崩れて,修理した部分がいくら丈夫になっても他の部分の損傷を引き起こしやすくなるのです。
しかし,どうしても修理せざるをえない場合があります。それは「利用のため」です。図書館資料は利用されるためにあるのですから,修理しないと利用できなければ修理せざるをえません。修理するメリット,デメリットを考えて,まず「修理するかしないか」を判断する必要があります。
その上で修理するとなった際の原則として国際図書館連盟は,①できるだけ元の姿を壊さない②元に戻せる材料・方法③安全な材料を使用④修理の記録を残す,と示しています。図書館資料は千差万別で文化財的なものも含まれるのでそれも考慮しての原則ですから,保存年限に応じてこの原則は緩めることができますし,資料の状態も千差万別ですから,資料によって使う材料も方法も違ってきます。すべての資料に対する修理のマニュアルは存在しません。いずれにせよ資料にとって「やさしい修理」を実現するために,国際図書館連盟の原則に加えて「利用に耐えうる最小限の修理」という原則が必要だと思います。修理する目的が「利用のため」ですから,そのための必要最小限の修理にとどめ,それ以上のストレスを与える修理をすべきではありません。したがって,利用の激しい資料と,ほとんど利用されない資料とでは,ここでもその材料,方法が異なってきます。
もうひとつのポイントは,本や紙の性質を考えて修理することです。製本された資料(本)は,その構造上さまざまな工夫がされています。損傷や修理という視点からみると,「利用しやすい,読みやすい工夫」です。これは「開きやすい工夫」ともいえます。この「開きやすい工夫」が本を壊れにくくしているのです。最近の本はそのほとんどが無線綴じと呼ばれる背を接着剤で固めた構造です。これはノド元まで本が開きませんので読むときは常に押さえつけていなければなりません。するとノド元に常に力がかかっていて壊れやすくなってしまいます。以前は開きやすいように糸で綴ってあったのですが。また,本体の背と表紙の間に空洞を作るホローバックと呼ばれる製本方法や「丸背」「山出し」なども開きやすくする工夫です。これらの工夫を修理によって台無しにしないようにしなければなりません。
紙にも工夫があります。紙はその製造過程で紙の繊維が一定方向に並んでしまいます。繊維の並んだ方向を「縦目」,横切る方向を「横目」「逆目」といいますが,両者はさまざまな性質の違いがあります。例えば,縦目方向には曲がりやすく,横目には曲がりにくいという性質がありますから,本の紙は原則縦目の紙を使ってあります。でないと本がとても開きにくくなってしまうからです。それを無視して修理に紙を横目で使ってしまうと,そこだけ開きにくく,突っ張ってしまって,壊れやすくなってしまいます。
資料に出来るだけ負担をかけず,いかにバランスを崩さず長持ちさせるためには,「強固にするのではなく,柔らかく」です。修理のデメリットをなるべく少なくするための原則です。それを私は 「やさしい」「健全な」修理とよんでいます。それを実現するための材料の知識や技術は必要になりますが,まずは,どこまで,何を使って,どんな方法で修理するのかという修理方針が重要だと思います。