息抜きこらむ

日本人とコクゾウムシとの長いつきあい

岩田泰幸
公益財団法人 文化財虫菌害研究所


 文化財分野に携わる方たちにとって,コクゾウムシSitophilus zeamaisという虫は,文化財害虫でないにも関わらず,比較的知られた存在かもしれない。その理由としては,文化財分野において殺虫処理(燻蒸処理を含む。)を実施する際,その効果の有無を判定するための供試虫(テストサンプル)として使われているからであろう。実際に殺虫処理を行う施工業者の方やそういった現場に立ち会ったことがある施設の担当者の方であれば,当研究所が調製し小瓶に入った状態のコクゾウムシを実見したことがあるのではないだろうか。
 コクゾウムシは体長3 . 8 ~ 4 . 0㎜程度(原田,1971)の小型昆虫であるため,どのような姿かたちをしているか目視で認識することは難しい。顕微鏡やルーペなどで拡大することで見えてくる形態的特徴としては,細長い体形,硬い外殻,全身黒色ということに加えて,象の鼻のように長く伸びた口が挙げられるだろう。ゾウムシの名はこの伸長した口器に由来する。ちなみにゾウムシの仲間はコウチュウ目という,大まかに分ければカブトムシやテントウムシなどと同じ硬い前翅をもつグループに属する昆虫である。
 漢字では「穀象虫」と書き,字の如く穀物(あるいは貯穀)に発生するゾウムシという意味である。気密性の悪い米櫃や米倉庫などで大発生することがあり,一般家庭の食卓から農業分野(特に貯蔵穀物の分野)に至るまで,米に関係するところで厄介者として悪名高い。また,餌となりうるのは米だけではなく,小麦やトウモロコシなど様々な穀物に及ぶため(山野,1993),貯蔵穀物を広く食害する害虫としても認識されている。なお,クリやドングリ(スダジイ,シラカシ,マテバシイ)のような堅実類(けんかるい)でも果実に割れや穴があれば卵を産みつけ発育できることから(宮ノ下他,2010),祖先種は森林地帯に生息しドングリなどの種子を食べることに適応したものであっただろうと考えられている(小畑,2016)。一方,文化財分野では,供試虫として用いたものが万一施設内で逃亡した場合でも文化財に加害しないことから,この点を考慮し殺虫処理判定に使用されている(山野,1993)。
 コクゾウムシは,最近では穀物の保管環境の改善により特に家庭内で見かける機会は少なくなったとされるが,それでも穀物の大規模な貯蔵庫などにおいては変わらず大きな悩みの種であり続けている。


 ある意味身近な存在であるコクゾウムシだが,日本人との害虫としてのつきあいはいつ頃から始まったものなのだろうか。その疑問に対する答えが,縄文時代の遺物や土器に残された痕跡などから明らかになりつつある。
 小畑(2016)によれば,日本列島では約1万年前以降,人間がドングリやクリを採集しそれらを蓄えるようになったことで,コクゾウムシが貯穀(ここではドングリやクリを指す。)の害虫になったと推測されている。その後,約3000年前頃のイネの流入を契機に貯蔵米の害虫となり,それから現在にいたるまで日本人とともに米を食べ続けているということになる。
 日本人とコクゾウムシの関わりを示す物証の一つとして,青森県の三内丸山遺跡から見つかったおよそ5000年前のコクゾウムシ生体化石や土器圧痕(どきあっこん:土器の表面や土器中に埋め込まれた植物の種や昆虫の痕跡などを指す。)が挙げられる(小畑,2016)。
 前述の生体化石については,遺体の一部(頭部,前胸,前翅,腹部など)が複数出土しており,その形態的特徴からコクゾウムシであることが判明している。昆虫の外殻を組織する硬化した外骨格は,内蔵や筋肉などの軟組織と比較して長く原型を留めるため,状態が良ければ数千年間保存されることがあり,この場合では当時を伝える貴重な資料となっている。
 土器圧痕については,土器が焼かれる際に虫体自体は消失,あるいは炭化しているため原型を留めていないが,虫が入っていた部分がコクゾウムシ形に空隙となって存在しており,その痕跡から種類が特定されている。ちなみに,圧痕として見つかる昆虫類の中でコクゾウムシの占有率が異常に高いことが知られており,優占する特定種のみが多数見つかる現象は害虫化を示す特徴の一つともいえる。コクゾウムシの土器圧痕は前述の三内丸山遺跡でも見つかっているが,更に古い時代のものも知られており,鹿児島県西之表市(種子島)の三本松遺跡からは約1万年前のものが見つかっている。これは現時点で世界最古の貯穀害虫とされている(Obata et al., 2011)。
 また,コクゾウムシの圧痕が発見されている遺跡は,北は青森県,南は沖縄県まで全国に分布することが判明しており(小畑,2016),全国各地でコクゾウムシと日本人との攻防があったものと推測される。
 こうした数々の物証に基づき,コクゾウムシは1万年以上前から日本人の食生活と深く結びついた昆虫であろうことが示唆されている。近代化に伴って日本人の生活様式や様々なものが変わった中,変わらない「食」という部分に食らいつきながらしぶとく生き残ってきたつきあいの長い隣人である。食べ物の恨み故か,害虫として憎々しい目で見られるばかりの彼らだが,たまにはコクゾウムシを切り口に悠久の時の彼方を想像してみるのもよいのではないだろうか。自宅の米櫃で発生してしまったコクゾウムシを見ながら,自分のご先祖様も同じ悩みに頭を痛めていたのだろうかと思ってみれば,縄文時代がグッと身近に感じられるかもしれない。



【引用文献】

 原田豊秋(1971)食糧害虫の生態と防除,527pp.光琳書院.宮ノ下明大・小畑弘己・真邉 彩・今村太郎(2010)堅果類で発育するコクゾウムシ.家屋害虫,32(2):59-63.
 Obata H., Manabe A., Nakamura N., and Senba Y.2011 . A New Light on the Evolution and  Propagation of Prehistoric Grain Pests: The World’s Oldest Maize Weevils Found in Jomon Potteries, Japan. PLoS ONE, 6(3): e 14785 .
 小畑弘己(2016)タネをまく縄文人 最新科学が覆す農耕の起源,217 pp. 吉川弘文館.
 山野勝次(1993)燻蒸効果判定用昆虫テストサンプルについて.文化財の虫菌害,(26):33-36.