息抜きこらむ

カビ対策、そして災害対策へ

眞野 節雄
東京都立中央図書館


 私の勤務する東京都立中央図書館の資料保全室は,明治41年(1908)に開館した東京市立日比谷図書館の「製本室」がその前身である。
 その名が示すように,当初は専ら図書館製本や修理を行う部署であったが,都立図書館として資料保存全般に取組む必要を感じた館員たちの粘り強い働きかけもあって,平成10(1998)年に「東京都立図書館資料保存委員会」が設置され,「製本室」は「資料保全室」と進化したわけである。それ以後,「資料保存計画」を策定し,その遂行を担っている。
 試練に立たされたのは,『文化財の虫菌害』(No.74 2017.12)にも報告させていただいたカビの大量発生であろう。平成17(2005)年からの長い闘いである。
 この経験で得た最大のものは,カビは多くの施設で発生しているが,ともすれば,管理能力・責任を問われ,「恥ずかしい」ことと思い,内々で何とかしようとする場合がある。しかしそれでは解決につながらない…ということである。できるだけ情報をオープンにして,全館的に情報を共有し,組織的な対応をすることが重要である。
 このような進め方をする中で,それまでは多くの館員にとって他人事だった「資料保存」の問題が全館的な課題になっていったことを感じた。この「土壌」ができたことが一番の成果だったように思う。
 虫菌害だけでなく,資料保存の課題には,担当者が頑張れば何とかなるのではなく,全館的に取組まねばどうにもならないことが多々ある。例えばこれから述べる「災害対策」もそうだ。
 資料の災害対策(資料防災)は,そもそも資料保存の大きな課題であったが,全館の組織的取組みが必要なため,組織が大きくなればなるほど具体化が難しい。
 都立図書館でそれが具体化したきっかけは,東日本大震災の津波被害を受けた岩手県陸前高田市立図書館の郷土資料を,縁あって修復したことだった。この被災は明日にでも自分たちが被るかもしれないという危機感から,完璧なものでなくても,できるところから資料防災を進めた。そして,カビへの取組みでできていた全館的な意思疎通がそれを後押ししてくれたように思う。そして,東日本大震災の2年後,平成25(2013)年度には「資料防災マニュアル」を策定。その他,詳細は都立図書館ホームページの「資料保存のページ」を見ていただきたいが,虫菌害対策とつながるエピソードを記してみたい。
 資料が受ける被害のなかで,最も厄介なのは水濡れである。早く乾燥させないとカビが生えてしまうからである。そこで,処置がすぐにできない場合の「時間稼ぎ」としてもっともよいのは「冷凍」であるので,家庭用ではあるが冷凍庫(300ℓ×2台)を用意した。この冷凍庫によって殺虫が簡単にできるようになった。
 大量に冷凍が必要な場合は小さな冷凍庫では間に合わない。今般,「文化財防災センター」が発足したが,まず,誰でも使える冷凍施設を確保してほしい。それぞれが自前で用意するのは現実的にはなかなか難しい。
 また,資料が被災したときに必要な資材「被災資料救済セット」を用意している。「A」現場対応用,「B」資料対応用(写真)で,「B」の中には,カビが発生したときのために,エタノール,霧吹き,防護服,高性能マスクなども入れてある。カビ対応での経験の賜物であるし,これは災害時だけでなく役立つかもしれない。
 図書館の資料は基本的に近現代の印刷物が大半を占め,図書館では一般的に資料保存に対する関心が低い。国立国会図書館以外に,専門部署がある図書館はほぼない。しかし,その資料的価値は千差万別で,なかには,もはや入手できず,そこにしかない資料も多い。近現代資料も「文化財」になる時代でもある。メリハリは必要だが,図書館での「資料保存」の普及を願っている。