島田 潤
東京文化財研究所 アソシエイトフェロー
文化財分野の方であればチャタテムシと聞いてどんな虫かある程度イメージできるはずである。文化財害虫としてはとても有名な害虫である。しかし,みんなが知っているチャタテムシというのはチャタテムシの中でもごくごく一部で,それ以外のチャタテムシを知っている人はどれくらいいるのであろうか。今回はそんな知られているけれども知られていないチャタテムシを少し掘り下げて紹介したい。
▼よく見かけるチャタテムシ:コナチャタテについて

多くの方が真っ先に思い浮かべるチャタテムシは,このコナチャタテの仲間である。正確にはコナチャタテ亜目コナチャタテ科に属するヒラタチャタテLiposcelis bostrychophila(写真1)である(カツブシチャタテやソウメンチャタテも存在するが稀)。体長は1mmほどで羽はなく,扁平な(平たい)体形をしている。トラップの端にごま粒のように付着しているのを見かけることが多い。家や建物の中をどれだけきれいにしていてもどこかには潜んでいる身近な昆虫である。
ヒラタチャタテは食品に発生する他,動物標本や昆虫標本を加害する害虫として知られている。カビを食べる昆虫でもあり,屋内における「高湿度指標虫」となっており,カビの発生を知らせる害虫としても知られている。実際カビが発生している環境では,一つのトラップに数十匹,ひどい時には3桁に達する数のヒラタチャタテが捕獲されることがある。逆に湿度が低い環境では長く生きることができず,筆者の経験では40%RH以下の環境で飼育したところ,すぐに死んでしまった。
▼たまに見かけるチャタテムシ:コチャタテについて

屋内でコナチャタテ類に次いで捕まることがあるのがコチャタテ類(写真2)である。あまり見る機会がないので,コチャタテ類が捕まった際にチャタテムシだと思わず,何の虫が捕まったのかわからず,「これは何なのか」と相談されることもしばしば発生する。
コチャタテ類には複数種おり,羽があるもの,ないもの両方が存在している。(筆者が)よくトラップで目にするコチャタテ類はイエチャタテDorypteryx domesticaまたはセマガリチャタテPsyllipsocus sauteri(どちらもセマガリチャタテ科)である。これらは足が長く,トラップ上だと乾燥して腹部が縮んでしまい頭と足だけに見えてしまうことも多い。有翅型も存在するため,羽がある場合もある。いずれの種も高湿度環境を好み,カビの発生を示すサインとなる点ではコナチャタテ類と共通している。
▼ほとんど知られていないその他のチャタテムシ

コナチャタテやコチャタテの他にも,数多くのチャタテムシが存在する。多くの種は屋外に生息しており,屋内に入ってくることは稀であるため,実際に見たことがない人も多いだろう。姿かたちがあまり知られていないため,観察していたとしても,それがチャタテムシであると気づかない場合も少なくない。
野外のチャタテムシは,主に木の幹や樹皮下,葉の裏で生活している。体色や模様が周囲の木肌や葉の模様と似ており,擬態して隠れていると考えられる。そのため,注意深く観察しなければ隠れているチャタテムシを発見することはなかなか難しい。例えば,木や石の表面に見られるウロコチャタテ科Amphientomidae(写真3)は,樹皮や壁に生える地衣類と似た模様や色をしている。ウロコチャタテ類は樹皮の表面を素早く移動するため,木の幹に手をかざすと素早く移動している姿を見つけやすい。同じように木や石の表面に生息しているArchipsocus属(Archipsocidae科,写真4)のチャタテムシは木や石の表面を覆ってしまうほど大きな巣を張り,その内部で子育てを行って生活している。枯れ葉の表面を丁寧に見ているとスカシチャタテHemipsocus chloroticus(スカシチャタテ科,写真5)を見つけることもできる。その他にも,壁の表面をじっくりと観察すると,じっとしていて動かないムツテンチャタテ属Trichadenotecnumの一種(チャタテ科,写真6)やイダテンチャタテIdatenopsocus orientalis(マルチャタテ科,写真7)を見ることもある。
このように,チャタテムシ類は世界で約6,000種が知られており,その多くは自然界で多様な生態を営んでいる。文化財害虫として認知されるのはごく一部にすぎず,多くの種は人知れず環境に適応して暮らしているのである。もし自然観察の機会があれば,樹皮や葉の裏などにひっそりと潜むチャタテムシたちを探してみるのも面白いだろう。
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