息抜きこらむ

コウモリガについて

竹石 遥稀
北杜市オオムラサキセンター 常勤スタッフ


▼コウモリガとは

 ガ(蛾)の仲間は,国内から約5800種を超える種が知られている極めて多様なグループであり,その一部にはチョウ(蝶)も含まれる(那須ほか,2016;平嶋・広渡,2017)。見た目上の特徴としては,成虫の翅が毛の変形した鱗粉(りんぷん)と呼ばれる微細な構造物で覆われており(日高ほか,1997),専門的な呼び方としては,この仲間を鱗翅目(チョウ目)と呼ぶ。ガには様々な姿かたちをしたものが見られるが,一般的には夜間に灯りへ飛来する翅の大きな種を思い描く人が多いかもしれない。

 今回とりあげるコウモリガEndoclyta excrescens(Butler)(写真1,2)は,コウモリガ科というグループに属する種で,国内に広く分布する。体長(胴体の長さ)が50~60 mm,開張(翅を広げた大きさ)は100 mm前後とかなりの大型で,丸太のように寸胴な体形と細長い翅,太く発達した中脚と前脚をそなえた非常に特徴的な姿をしている。翅よりも胴体や脚が目立つ風貌という点で,他のガとは異なった見た目の印象をもつかもしれない。


写真1



写真2


 成虫は秋に出現し,日中は枝葉や壁にぶら下がって動かないが,夕暮れ時になると活発に飛び回る。このようなコウモリさながらの行動が,コウモリガという名前の由来といわれている。成虫は紫外線を含む光刺激に反応して集まる走光性という習性をもち,薄暮時になると本物のコウモリと一緒に街灯のまわりを飛翔する様子が見られることもある。


▼生活史

 コウモリガのメスは,飛びながら卵をばらまくというユニークな産卵行動をとることが知られており,地面に産み落とされる卵の総数は1万個に及ぶこともある(松沢ら, 1963)。秋に産み落とされた卵はそのまま越冬し,翌年の5月ごろに孵化する。孵化した幼虫は,しばらくすると地表付近の草本(キク類やヨモギ類など)に潜り込み,茎の内部を食べ始める(日高,1997)。幼虫はかなり移動するとされ,終齢幼虫(蛹になる前の大型の幼虫)に成長すると針葉樹を含む様々な樹種に大きな坑道を作りながら木質部を食害するようになる(日高,1997)。本種は餌となる植物の種類や栄養条件によって発育にかかる期間が変動し,1年に1世代または2 ~ 3年に1世代の成長サイクルをもつ。生育に複数年かかる場合,幼虫の状態でさらに越冬し,十分に成長すると樹幹内で蛹になる。通常,8 ~ 10月ごろに羽化して活動を開始する。なお,コウモリガの仲間の成虫は多くの種で口吻(こうふん:口器)が退化しており,餌を食べることはできず,その寿命は1週間程度とされる(日高,1997)。


▼人間とのかかわり

 コウモリガという名前を知らなくとも「冬虫夏草(とうちゅうかそう)」という昆虫に寄生するキノコをご存じの方は多いだろう。チベットや中国の雲南省,青海省などの高山帯に生息するコウモリガの仲間(日本の種とは異なる。)の幼虫は,地中にトンネルを掘り草本を食べるが,菌類におかされることが多く,子実体(しじつたい)と呼ばれるいわゆるキノコが生えたものは漢方薬の冬虫夏草として珍重されてきた(日高,1997)。

 国内においても民間療法で幼虫が滋養強壮によいとされ,小児の疳(かん:夜泣きや癇癪など)にも効くと言い伝えられており,千葉県や兵庫県などでは薬用昆虫としての人との結びつきもみられた(三宅,1919)。

 コウモリガは国内の分布域が広く,幼虫が様々な樹木から見つかることから,各地に「くさぎのむし」,「かしわのむし」,「きりのむし」,「やなぎのむし」など,植物の名を冠した数多くの方言が知られ(三宅,1919),古くからその存在を人々が認識していた昆虫の一つといえるかもしれない。

 一方で,身近な存在であることは,人間が営む経済・生産活動との軋轢を生む要因にもなり,国内では害虫として認識される場面が多い。たとえば,長野県伊那地方ではトウモロコシの栽培地にコウモリガが大量発生し,大きな被害をもたらした事例が知られている(飯塚・高橋,1962)。また,ナシ,モモ,クリ,ブドウなど果樹が加害される例もあり(中島・清水,1975),本種は重要な農業害虫とされている。加えて,本種は広葉樹のみならず,スギやヒノキなどの針葉樹にも穿孔し,造林木の材質劣化や枯損などの被害を引き起こす林業害虫としても知られている(小林ほか,1999)。


▼文化財害虫としての側面

 鱗翅目昆虫のなかで, 文化財の主要な害虫として認識されているものは, 布類や紙類を加害し, 屋内でも発生(世代交代)できるイガTinea translucens Meyrick, コイガTineora bisselliella(Hummel), ジュウタンガTrichophaga tapetzella(Linnaeus) などが挙げられる (東京文化財研究所, 2001)。

 コウモリガは, 木質文化財(主に屋外にある木造建造物)を加害するおそれがあるものとして, 幼虫が同じく木材穿孔性を示すボクトウガ Cossus jezoensis( Matsumura)やゴマフボクトウ Zeuzera multistrigata leucanota Butlerと共に文化財害虫とされている(東京文化財研究所, 2001;山野,2005)。しかし,実際の被害事例はほとんど見られず,イガなどと比較してそれほど重要な種とは認められていないため,文化財害虫事典でも「重要度C」と評価されている。卵から孵化したばかりの幼虫が乾燥した木材に穿孔するわけではなく,産卵習性を見ても屋内で世代交代ができる昆虫でないことは明らかであり,文化財害虫としての重要度が低く見積もられている。

 しかしながら,前述のとおり1)幼虫が多食性を示し,さまざまな樹種を加害すること,2)主に広葉樹を加害するボクトウガやゴマフボクトウとは異なり,建材として有用なスギやヒノキなど針葉樹も食害すること,3)文化財ではないものの,幼虫が木柱や架空ケーブルを穿孔食害した事例がすでに知られていること(東京文化財研究所, 2001;山野,2005)などを考慮すると,神社や寺院など屋外にある歴史的木造建造物を管理する上では,本種に注意が必要であることに違いはない。特に生息地となる森林が近くにある場合,幼虫が摂食している植物が建物に接触したり,クズなどの蔓性植物が巻き付いたりしている場合に食害を受けやすいと考えられる(東京文化財研究所, 2001)。若齢幼虫が潜む下草やつる植物などの雑草を定期的に除去することが,被害を予防する上で重要となる。付近の灯火に飛来する成虫(写真)を見つけたら,留意しておくことが大切であろう。


▼さいごに

 鱗翅目はチョウとガの両方を含むグループであるが,とりわけ「ガ」と呼ばれている種の多くは,熱心な昆虫好きでない方々にとって害虫とみなされる場合が多い。その理由は単に見た目や行動が不気味で不快感を生じるという実害に基づかない感覚論だけの場合もあれば,幼虫の摂食行動により人の経済活動に実際に物理的に影響をおよぼす場合もあり,産業や職種によっては,実害のある害虫として認識される機会もあるだろう。

 しかし,一言で「ガ」といっても,その中には産業や文化の発展に大きな貢献をしたカイコBombyx mori (Linnaeus)や冒頭に触れた冬虫夏草のようなものが含まれていることも忘れないでいただきたい。

 今回取り上げたコウモリガも,どうしても害虫としての側面が強調されてしまいがちな種ではあるが,人間との文化的な結びつきや興味深い生態をもっているという一面もある。普段触れることが少ないコウモリガを知る機会として,ひいてはその他千差万別なさまざまなガに目を向けるささやかな動機として本コラムをお読みいただけたようであれば,著者としては大変うれしい。


【引用文献】
 日高敏隆(監修),1997.日本動物大百科第9巻昆虫Ⅱ.181 pp. 平凡社,東京.
 平嶋義宏・広渡俊哉(編著),2017.教養のための昆虫学.227 pp. 東海大学出版会,神奈川.
 飯塚茂治・高橋保雄,1962.長野県伊那地方におけるコウモリガの異常発生について.関東東山病害虫研究会年報,(9):59.
 小林元男・佐藤 司・竹内英男・熊川忠芳,1999.材質劣化害虫の実態把握と防除法の確立.愛知県林業センター報告,(36):1- 6.
 東京文化財研究所(編),2004.文化財害虫事典.231 pp.クバプロ,東京.
 中島義人・清水 薫,1975.クリにおけるコウモリガの加害生態について.九州病害虫研究会報,21:22- 24.
 那須義次・広渡俊哉・吉安 裕,2016.鱗翅類学入門 飼育・解剖・DNA研究のテクニック.295 pp. 東海大学出版会,神奈川.
 松沢 寛・小浜 礼孝・豊村 啓輔, 1963 . コウモリガの交尾・産卵について. 日本応用動物昆虫学会誌,(7):153-154 .
 三宅恒方,1919.食用及薬用昆虫ニ関スル調査.農事試験場特別報告,(31):1- 203.
 山野勝次,2005.写真でわかるシロアリの被害・生態・調査.80 pp. 文化財虫菌害研究所,東京.

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