息抜きこらむ

【書評】文化財保存環境学 第3版

岩田 泰幸
公益財団法人 文化財虫菌害研究所


文化財保存環境学 第3版

書籍情報:文化財保存環境学 第3版
著 者:三浦定俊・佐野千絵・木川りか
発行年:2025年2月1日
出版社:朝倉書店
ISBN:978-4-254-10307-6 C3040
サイズ:A5版
頁 数:224pp.
定 価:3,960円(本体3,600+税)
目 次:温度/湿度/光/空気汚染/生物/衝撃と振動/火災/地震/気象災害/盗難・人的破壊/法規/倫理



 2016年に第2版が発行された「文化財保存環境学」の改訂版が2025年2月に発行された。本書は,文化財の保存環境を学ぶ上で,また博物館・美術館等の現場に携わる方たちが保存環境を考える上で把握すべき事柄を包括的に扱った教科書である。
 本書に掲載された内容は非常に多岐にわたり,生物(有害生物対策)関連だけではなく,保存環境の整備や安定を考える上で必要となる温度,湿度,光(光による劣化),空気汚染(化学物質による劣化)など幅広い事柄が扱われている。また,昨今の事情を反映し,地震や気象災害などに関する内容も充実している。
 保存環境に係わる学問分野は非常に広く,しかも複合的であることから,学び始めの時点では何から手を付けてよいか,特に初学者は迷う場面も多いと思う。そういった方は本書を一冊手元において,疑問が生じた時に事柄を整理したり,既出研究を探索するためのインデックスとして活用したりすることが重要であり,本書はその強力なサポートとなりうる。
 私自身,もともとは農学分野で昆虫学を専攻していたため,博物館・美術館等の保存を考える上で,どういった事柄に気を付ければよいか当初は暗中模索であった。専門家などの詳しい方に疑問が生じるたびに逐一質問していたのでは,自身で知識を系統的に整理することが充分ではないため身につくはずもなく,何より質問相手をつまらない問いで拘束することで迷惑がかかる。一冊でその領域をある程度は俯瞰できる書籍があれば,それを寄る辺として知識の枝葉を自身の力で拡げることもできるだろう。そういった時に紹介いただいたのが,まさに本書であり,これは大きな指針となった。
 本書では各分野の基礎的な部分(例えば,中学高校レベルの事柄)から基礎固めがなされた上で,実際の博物館・美術館等の現場における考え方や対応策などが根拠に基づいて解説されているため,順を追って体系的に知識を得ることが可能である。また,必ず各章で取り上げられた事柄に係わる論文が引用文献として示されていることで,元の論文を参照し,更に知識の輪を広げることもできる。
 2025年4月現在,文化財用燻蒸剤「エキヒュームS」の販売終了を受け,文化財IPMの考え方に立脚した有害生物対策や保存環境の整備が急ピッチで推進されていく中で,これまで以上に様々な分野(生物だけではなく,物理・化学分野など)の知識や見識が求められるようになってきている。これまで特定の業務のみに従事していた方が,突如として新たな事柄に対応を求められることも多いようで,有害生物に限定されない様々な質問を受けることが,私自身としても最近非常に多くなってきている。しかしながら,質問内容を精査すると,そのほとんどは今回紹介した本書に掲載されているような事柄であり,質問する前に一度,本書のような書籍に目を通すことで解を得ることが可能と思われる事例も少なくない。そして,結果的には本書を紹介するという場面が多くなっていることから,書評として取り上げることで広く周知しておきたいと考え,僭越ながら筆を執った次第である。
 とりわけ,博物館・美術館等に係わる関係企業の方々においては,本書を傍らに置いて,内容を一読することで知識の拡充を図っていただければと思う。包括的な知識の下地作りをすることで,場当たり的な対応ではなく,論理的な積み上げに基づく,提案や方針の決定が可能になると考える。また,当研究所が発行する文化財虫菌害防除作業主任者や文化財IPMコーディネータ資格取得のための講習,その他研修・講習会におけるテキストや講義の理解度向上,これらで得た知識を実際の現場に落とし込むための考え方の整備にも本書は力を発揮すると思われる。
 博物館・美術館等の保存環境分野において何から勉強し始めたらよいか?と不安に思っている方には,まずは本書の一読を強くおすすめしたい。
 本書は,出版元の朝倉書店ウェブサイトだけではなく,大手ネット書店の通販サイトなどを通じても購入が可能である(※当研究所では販売しておりません。)。


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