岩田 泰幸
前回のコラムで「カビ発生には結露が大きく関与すること」、「結露が生じる仕組み」について解説してきた。繰り返しとなるが、結露を防ぐことはカビの発生を抑制することに繋がる。
今回は、どうすれば結露を生じさせずにすむか、その具体的な対策の一部を紹介していきたい。
1.温湿度データの活用
文化財の展示・収蔵施設であれば、なんらかの形で温湿度のデータを測定していると思う。これまでに蓄積した温湿度データから、どこに結露が生じやすいかを推定する方法がある。
例えば、同じ部屋の中でも場所によって温湿度に大きな差が生じていたり、雨天・降雪時やその後に温湿度の急激な変化がみられたりする場合がある。結露は温度差や温度変化が大きいところで生じやすいので、蓄積したデータから前述のような異常が見つからないか調べるとよい。
なお、温湿度の測定には「毛髪式自記温湿度記録計」や「データロガー」、あるいはより簡易な市販の温湿度計などを用いることが想定されるが、使用に際してはそれぞれの温湿度計の特徴を事前に把握しておくことが大切である。また、測定の度に毎回異なる機種の温湿度計を用いたのでは正確な比較はできないので、同じ温湿度計で測定する必要がある。
2.立地や建物の特徴をつかむ
建物自体が直射日光にさらされる場所にあり、かつ、断熱が充分でない場合、外気の温度変化が建物内部の温湿度にも大きな影響を及ぼすことがある。建物内外の温湿度データを比較した時、屋外の温湿度変化に引っ張られる形で屋内の温湿度にも大きな変化が生じるようであれば対策を講じた方がよい。
簡易な断熱補強の例としては、建物に日よけを付けたり、スノコなどを用いて遮光したりする方法が考えられる。完全でなくとも、直射日光を遮断することの意義は大きい。
湿度については、コンクリート打ちっぱなしで、かつ、内装のない倉庫のような部屋では、湿気がコンクリートを通過してきてしまう。したがって、雨天時には屋内も高湿度になることが予想される。こうした建屋を資料の収蔵環境として使用する場合は、防湿シートを活用するなど対策が必要である。文化財を保存するための施設として既存の建物を転用する場合には、資料を運び込む前に建屋の機能を充分に把握しておくことが大切である。
3.空調の設定温度の調整
資料を収蔵する区画では空調により温湿度が厳密に制御されている場合も多いと考えられるが、立地や建物によっては空調だけで充分な温湿度コントロールが難しい場合もある。資料が劣化しにくい温湿度環境を、空調のみに頼って創出しようとすると、エアコンの吹き出し口等の付近で大きな温度差が生じ、結露が発生する。吹き出し口から水滴が滴ることもあるので注意しなければならない。
具体例を示してみよう。室温30℃の部屋を26℃まで冷却する場合、エアコンの吹き出し口から排出されるのは26℃の風ではない。急速に部屋を設定温度まで下げるため、26℃よりも低い(場合によってはかなり低い)温度の冷風が排出されることとなる。温度30℃、湿度70%RHの空気に20℃の冷風をあてると空気の温度が下がって結露が生じる。
結露を生じさせないためには、「湿り空気線図」等を参考に冷風の温度を調整する必要がある。少なくとも、急激な温度変化がないよう少しずつ温度を下げるよう空調を調整することが求められる。これは、温湿度変化によって生じる材質の収縮と弛緩を少なくし、資料の劣化を防止することにも寄与することである。
4.空調の気流制御
前述3.のとおり、空調の吹き出し口は結露が発生しやすい場所の一つである。また、空調の風が直接あたるところも急激な温度変化が生じやすく、結露が見られる。そうした場所ではしばしばカビの発生も確認される。例えば、金属製の棚は熱伝導率が高いため、冷風により急速に冷やされることで室温よりも早く温度が低くなり、結露が発生しやすい。
空調から出る風向きを変え、資料や資料を納めている棚等に直接風があたらないようにするだけでも効果がある。風向きは、吹き出し口の向きを手動で変えたり、空調の風量や風向のモードを変更したりすることで調整するとよい。もともと資料を収める部屋として設計されていないところでは、送風の向きや風量が考慮されているわけではないので、特に留意した方がよい。なお、風向きを変えたら、実際に変化があったか現場を確認することが大切である。
5.断熱材の使用
金属棚に資料を納める際、断熱性の高い素材を挟んだ上に資料を置くといった方法が考えられる。空気の入り込む空間が多い多孔質の素材を使用すると断熱効果が高い。資料の材質への影響を考慮した上で中性紙製のダンボールのようなものを用いる場合もある。
また、窓を二重窓にすることも、空気の層を作ることで急激な温度変化を防ぐ方法の一つであり、前述と考え方は同じである。
上記のような処置を、館内全ての棚や窓に統一的に実施するかどうかは事前によく検討した方がよい。前項までに示したとおり、建物の立地や構造、空調により、温湿度変化が生じやすいところと比較的安定しているところが存在するはずである。対策を講じる際には、優先順位をつけて、どこの、何から改善すべきか検討することが大切である。また、繰り返しとなるが、効果を検証することが更なる改善のためには必須である。
まとめ
ここまで、結露防止のために考えられる「一般的な方法」の一部を紹介してきた。ここで示したものはごく一部であり、他にも効果的な方法は考えられる。また、ここで示した方法がどんな場面でも効果を期待できる万能な方法というわけでもない。建物や温湿度管理の状況には差があるので、まずは自館の情報を収集し、効果がありそうな対策として何が考えられるかをケースバイケースで検討することが大切である。
また、現在では、温湿度や結露対策のケーススタディーが様々な形で報文や論文としてまとめられ、インターネット上で閲覧することも可能である。「Google Scholar」「cinii」「j-stage」「researchmap」「researchgate」などを利用して文献を検索し、自館の状況に類似した事例を基に検討を始める方法も考えられる。是非、能動的に情報を収集していただきたい。